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名古屋地方裁判所 昭和55年(ワ)901号 判決 1983年9月28日

原告

古橋菊雄

右訴訟代理人

水野弘章

被告

右代表者法務大臣

秦野章

右指定代理人

林道春

外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因1(一)、(二)の事実、同1(三)の事実のうち、原告を含む相続人らが原告主張の日に相続税の修正申告書を提出したこと、同1(四)の事実のうち、原告主張の日に、名古屋中村税務署長が原告らに対し、金四〇〇万円の仮名預金の申告洩れがあつたことを理由に更正処分及び加算税の賦課決定処分をなしたこと、同1(五)の事実のうち、原告が右の処分に対し異議申立をしたこと、同1(六)の事実のうち原告主張の日に異議決定がなされたこと、原告が右原処分を不服として昭和五二年一一月二二日、国税不服審判所長に審査請求をしたこと、同1(七)の事実、同1(八)の事実のうち、名古屋中村税務署長が原告に対し、裁決書に基づき本税分金一二万九八〇〇円の還付通知書を送付したこと、同1(九)の事実のうち原告が主張のような減額更正を申入れたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二右争いのない事実並びに<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  原告は、被相続人孝十郎の長男であり、孝十郎の相続人には原告の他に妻古橋えつ、長女二村鎮子、三女加藤芳子がいた。孝十郎は昭和四八年一二月一六日に死亡して相続が開始したところ、原告を含む相続人らは、池村信道を紹介されたため、相続税の申告手続を同人に依頼し、昭和四九年六月一四日相続税の申告書を名古屋中村税務署長宛に提出した。なお、池村は、税理士の資格を有しなかつたが、原告らは当時それを知らなかつた。

2  担当の税務署員は、右申告書に基づいて調査したところ、若干の預金につき申告洩れがある旨指摘した。また原告らは、本件土地につき赤堀淳一の借地権があるとしてその評価額を更地価格の五割で申告していたが、昭和四九年ころ無償で返還を受けていることが判明したので、更地として評価のうえ修正申告するよう指導された。原告らは、右指導に従い同年一二月二一日、本件土地を更地価格で評価したうえ修正申告をした。

3  ところが、当時同税務署において、本件相続税の調査のほか原告の譲渡所得についても調査が併行されており、譲渡所得関係の調査で、昭和五一年八月ころ、左記のとおり東海銀行則武支店に孝十郎所有の仮名定期預金(合計金四〇〇万円)のあることが判明した。

東晴雄名義定期預金金一二〇万円

杉山政夫名義定期預金金八〇万円

川原喜久治名義定期預金金七〇万円

岩田精一名義定期預金金一三〇万円

担当の税務署員は、原告らに対し、右金四〇〇万円の仮名預金につき再度修正申告をするように説得した。しかし、原告らは、担当の税務署員と右池村との間で、借地人赤堀との関係(同人は、その直前に開始した相続について本件借地権を相続財産として算入していない。)で借地権付土地を更地で申告するかわり、右仮名預金については相続財産としてこれを申告しなくてもよいとの約束があり、右約束の下に修正申告に応じたということであるから、右仮名預金について申告するのであれば、本件土地についても借地権付土地として評価して欲しい旨述べ、再度の修正申告の指導には応じなかつた。

そこで名古屋中村税務署長は、昭和五二年六月一一日、原告らに対し金四〇〇万円の仮名預金を算入する旨相続税の更正処分及び加算税の賦課決定処分をなした。

4  原告代理人は、担当の税務署員に対し、修正申告の経緯を告げ、すでに更正の請求期限を徒過しているので、本件土地につき借地権を認めてほしい旨交渉したが、受け入れられなかつたのみならず、却つて借地権を認めれば、相続開始後、原告がなんらの出捐なくして本件土地の返還を受けて借地権が消滅したことにより、借地権の無償返還に伴う贈与税(本税額金二〇一万六〇〇〇円)を課税されることになつた旨の説明を受けた。そこで原告らは、同年七月二五日右処分につき異議申立をするに至つた。

5  名古屋中村税務署長は、右異議申立に対し、同年一〇月二五日、本件土地に借地権は認められないが、地上建物の移転費用等は斟酌しうるとして、原処分を一部取消す旨の異議決定をした。しかし、原告らは、右決定を不服として、同年一一月二二日、国税不服審判所長に対し審査請求を行つた。

6  国税不服審判所長は、昭和五四年六月八日原告に対する原処分を全部えつに対する原処分の一部を取消す旨裁決し、その理由の中で、「原処分の手続について、原告主張のように池村と担当者との間でなんらかの条件、約束等が取りかわされた事実は認められないこと、課税価格について、本件土地の賃貸借は一時使用にかかるものではなく、建物所有を目的とする借地権の存する貸宅地であると認められること、したがつて、本件土地の価額は更地価格金九四〇万七七一五円の二分の一に相当する金四七〇万三八五八円である」旨判断し、同月一八日裁決書謄本を送達した。

7  原告は、右裁決に基づき昭和五四年七月名古屋中村税務署長から、原処分の取消により修正申告を上廻る分につき発生した還付金として本税分金一二万九八〇〇円、重加算税分三万八七〇〇円の還付を受けた。

8  原告代理人は、原処分庁である名古屋中村税務署長に対し裁決の結果、本件土地の評価額は更地価格の二分の一であることが明らかになつたので、職権で減額更正すべきである旨申入れたところ、国税通則法七〇条二項により申告期限からすでに五年を経過しているので職権による更正はできない旨説明を受けた。

そこで、原告代理人は名古屋国税不服審判所に赴き、担当審判官にその旨伝えたが、同審判所としては是正の方法がない旨回答された。

以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

三そこで、国税不服審判所長及び担当審判官らの行為の違法性の有無につき検討する。

1  本件裁決の経緯、すなわち、原告が昭和五二年一一月二二日国税不服審判所長に対し審査請求書を提出して審査請求をなし、これに対する答弁書が昭和五三年一月一一日に原処分庁である名古屋中村税務署長から提出されたこと、そこで名古屋国税不服審判所長は本件審査請求に係る担当審判官らを指定し、同年二月一五日付でこの旨を原告に通知するとともに、右答弁書の副本を送付したこと、原告は同月二七日右答弁書に対する反論書を担当審判官らに提出し、担当審判官らが本件について調査審理を行つていたところ、同年三月一四日原告代理人は、審査請求書の趣旨を、「異議申立による原処分の一部取消しにより相続財産の取得財産価格が金四七万七三〇〇円取消しになつたが、審査請求人は金四七〇万三八五七円の取消しを求める。したがつて、昭和五二年六月一一日付の相続税の更正処分及び重加算税の決定処分は全部取り消されるべきである。」と変更する旨申立てたこと、担当審判官らは原告及びその妻古橋すみ子に対し、昭和五三年五月二三日及び同年六月三〇日の両日にわたり本件につき質問を行つたこと、昭和五四年六月一八日に本件裁決書謄本が送達されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  国税不服審判所の担当審判官らは、本件につき調査、審理を行う一方、前記池村信道に対して昭和五三年五月一二日、同月一七日及び同月二六日の三回にわたり、借地人赤堀淳一に対して同年六月二日更に転借人山川茂に対して同月九日、それぞれ質問調査を行つた。

(二)  以上の調査及び原処分庁における調査を総合して、担当審判官によつて把握された事実関係は、概ね次のとおりであつた。

本件土地の賃貸借は、昭和二九年一月ころ口頭で締結され、期限を定めず、住宅、事業所用地として一時的に使用するものと約定されたが、賃借人は建物を建てた後、昭和三四年一月ころ任意に取毀し、同年要求があればいつでも明渡すとの約定で転貸し、転借人は事務所、材料置場、従業員宿舎をそれぞれ建築して、以後昭和四九年七月ころ原告の要求により建物を取毀して明渡すまで引続き使用していた。賃料は当初月額二八〇〇円、その後五回の増額で月額二万円となつていた。

(三)  右の事実関係を前提として、担当審判官らは、昭和五三年六月三〇日、本件土地の権利関係を一時使用の賃貸借と認め、一旦請求棄却の結論を出し、議決書を法規・審査部門に回付したところ、調査の結果本件土地の借地権の存否及び一時使用の賃貸借の評価については税務上先例になるので再検討するよう差戻された。そこで、中央の意見を求めたところ、たまたま全国国税不服審判所部長審判官会議があるので同会議で検討せよとの指示を受けた。右指示に従い直ちに同会議の議題として提出し、昭和五三年一一月七日、八日に開催された同会議に付議されたが、結論が出ないまま審議未了となつた。そこで国税不服審判所主催のブロック別重要事案検討会の議題として再提出し、昭和五四年二月一五日、一六日開催の同検討会において審議された。右審議の結果、本件土地の賃貸借は相当長期間にわたるので、建物所有を目的とする借地権があるものとして評価するのが相当であろうとの結論に達した。

(四)  担当審判官らは、この審議結果を参考にし、更に検討を行い、同年三月二六日原処分を取消す旨の議決をした。

(五)  右議決は、再び法規・審査部門に回付され、その審査を経て同年六月八日、名古屋国税不服審判所長の決裁を了した。この決裁に基づいて裁決書のタイプ印刷、照合等裁決書謄本の送達に必要な事務処理がなされた。

(六)  原告代理人は、昭和五三年一二月から昭和五四年一月の間数回にわたり担当審判官に電話をかけて、審査状況を問合せた。

(七)  国税不服審判所は、申立人の修正申告額を上回る部分について原処分の当否を判断することになるので、担当審判官らは、原処分庁による職権の減額更正が申告期限から五年で除斥期間にかかることについて、ほとんど意識することなく調査及び審査をしていた。

以上の事実が認められるところ、<証拠>中、右認定に反する供述部分はにわかに措信できないし、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

3  以上認定の事実関係からすると、本件審査請求事件は、きわめて複雑な事案のため、最終結論に到達するのに相当の期間を要するところ、本件が審査請求時から裁決に至るまで一年半以上の審理期間を要し、その間慎重に審査されたこと、そして昭和五四年六月八日右裁決のための決裁を了した後、裁決書のタイプ印刷、照合等裁決書謄本の送達に必要な事務処理がなされたが、結果的には職権による減額更正期限を二日経過した同月一八日に送達されたため、右裁決の理由中で判断された本件借地権の存在を前提とする減額更正の余地がなかつたことが認められる。

ところで、原告は、国税不服審判所長及び担当審判官らの行為に違法な怠慢行為又は不作為があつた旨主張するので、この点について検討する。

法律上、国税不服審判所長が審査請求人の申立に対し、裁決をなすべき期間の定めはない。しかし、右審理期間は、当該事案の内容、性質等により一概に決せられないが、裁決庁として通常要求される注意義務を尽くして調査審理のうえ裁決するのに要する期間をもつて相当の期間とし、右期間を著しく経過したときは違法になるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、本件事案は、きわめて複雑な事件であるため容易に結論に到達せず、全国又はブロックの審判官会議に付議し、その審議結果を参考にして検討のうえ裁決に至つたものであり、決して長期間放置されていたものではない。しかして、<証拠>によると、国税不服審判所における最近五か年間(昭和五一年六月から昭和五六年六月までの間)の調査の結果審理期間の平均(全体の四六パーセント)は、一〇か月ないし二〇か月以内で二〇か月を超えるものが全体の二一パーセントに及び、除斥期間経過後に裁決のなされたものは全体の一七パーセントを占めること、また決裁後裁決書謄本の送達までに要する期間は、一〇日以内が三五パーセント、一〇日を超え二〇日以内が二八パーセントに及ぶことが認められる。してみると、本件裁決が約二〇か月の審理期間を要し、減額更正のための除斥期間を経過したうえ裁決書謄本の送達に一二日間を要したからといつて、他に特段の事情を認めるに足る証拠のない本件では、裁決庁の違法な怠慢行為ないし不作為があつたとは到底いえない。更に原告主張のような担当審判官が故意に減額更正の除斥期間の経過を待つていたとか、右更正がいつでも可能であると誤解していたことを窺わせるに足る証拠はない。

しかし、前記認定のとおり、本件審査請求事件の主たる争点は、本件土地の借地権の存否であり、審査請求人の請求の意思も借地としての認定、評価を求めるものであることは明らかであるところ、裁決庁が審理の結果、原処分庁と判断を異にし、借地権の存在を認めて原処分を取消すときは、国税通則法七一条のような除斥期間の延長に関する特別規定がないのであるから、課税の公平を期し、納税上の過誤を早期に是正するため、原処分庁において、裁決書謄本の送付を受けた後、その理由を検討のうえ職権で税額を更正しうる余地を残して裁決するのが妥当である。してみると、本件は、除斥期間を二日経過したことにより、結果的に原処分庁の更正の途を閉ざし、納税者のため誤つた税務行政を匡す機会を逸したことになり、この点において行政上の配慮を欠くものとして非難のそしりを免れないが、未だ違法であるとまではいえない。

よつて、裁決庁の違法行為を前提とする原告の請求はその前提を欠き、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四以上の次第であるから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(土田勇 寺本嘉弘 酒井正史)

別表一、二<省略>

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